研究ノート


 オキチモズクを追いかけて
小林真吾 

 今から約70年前、温泉郡川上村吉久(現東温市)の「お吉泉」周辺に生育する藻類が、これまで世界中のどこからも報告されていない、全く新しい種類であることが分かりました。この藻類は、当時、愛媛県師範学校に勤務していた八木繁一氏らによって「オキチモズク;Nemalionopsis tortuosa Yoneda et Yagi」と命名され、昭和19年(1944)には、日本固有の生物の重要な生育地として、お吉泉周辺は国の天然記念物に指定されました。

お吉泉
お吉泉。希少な水草も生育しています。

オキチモズク
オキチモズク。手触りはちょっと硬めのモズク
指定地の水路
指定地の水路。
寒冷紗で日照を調節しています

 その後、九州各地で生育が確認されましたが、生育環境の変化に伴って、いずれの場所でも発生が途絶えがちになりました。お吉泉でも発生が見られない時期が続いたために緊急調査が行われ、専門家の助言を受けながら生育環境保全の取り組みが続けられました。このような各地の状況を踏まえて、現在、オキチモズクは国のレッドデータブック(絶滅の恐れのある生物の情報をまとめた本)で「絶滅の危機に瀕している種」に指定されています。

 この数年、国のレッドデータブック掲載種を見直す作業が行われ、お吉泉でも生育状況の調査が行われることになりました。オキチモズクという「種」ではなく、生育している「場所」が天然記念物に指定されているので、まず、その場所に立ち入るための許可を国から得なければなりません。むやみに立ち入ることの出来ない場所での調査は緊張しますが、幸運なことに、調査期間中にオキチモズクの発生を観察することが出来ました。

 また、昨春には、九州(福岡・熊本・鹿児島)のオキチモズク生育地を観察する機会にも恵まれました。生育環境は千差万別ですが、いずれの場所でも共通しているのは「水がきれい」であることと、「天然記念物に指定されていない」こと。そこには特別に保護されることなく、たくましく生きているオキチモズクがありました。

福岡県の生育地 熊本県の生育地 鹿児島県の生育地
福岡県の生育地。
愛媛と似た景観です。
熊本県の生育地。
整備された水路でも生育。
鹿児島県の生育地。
地べたに座り込んで
いるのは藻類の研究者たち。

 これらの生育地を巡ることで、新たな疑問も湧いてきました。九州では、今でもオキチモズクの新しい生育地が見つかっています。これは驚くべきことです。愛媛では、今まで幾多の研究者が探索したにもかかわらず、お吉泉の周辺以外では全く見つかっていないのです。このように生育地が局限されている要因は、いったい何なのでしょう。これまでと違った観点から、生育地を見つめ直す必要があるかもしれません。

 また、似たような環境であっても、愛媛と九州では生育量とその安定性に大きな差があるのも不思議です。かつてはお吉泉でも、「水の流れの中に黒髪がたなびいているようだ」と言われるほど生育していましたが、今では見る影もありません。安定性を支える要因は何なのか、今後の保全を考える上でも重要な点だと思われます。

  さらに最近の観察結果から、何らかの環境要因が引き金となって、大発生に結びつく可能性があることも分かり始めてきました。この現象は、オキチモズクに近縁の淡水藻類「チスジノリ」で明らかにされました。今後の調査で取り組むべき、最も重要な課題でしょう。

 オキチモズクは、世界的にみても学術的な価値の高い生物です。その貴重な生物は、きれいな水が安定して流れているところでしか生育することが出来ません。そのような環境は、地域の宝として人々に愛されることで自然と守られるものだと思います。今こうして取り組んでいる調査が、オキチモズクの生育環境保全の一助となり、やがてその豊かな自然環境を生かした地域づくりや市民活動に寄与できることを願ってやみません。

〈参考文献〉
環境庁(2000)
改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物・植物 ,(財)自然環境研究センター.
熊野茂(2000)
世界の淡水産紅藻,内田老鶴圃.
佐藤裕司ほか(2006)
兵庫県上郡町・安室川における淡水産紅藻チスジノリ配偶体の出現.陸水学雑誌67:127-133pp.

こばやし・しんご/主任学芸員・植物担当こばやし・しんご

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