博物館だより

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博物館だより

2008年冬号
話題提供
新発見の理由
自然研究科 主任学芸員  川又明徳
ウスイロミヤマハナゴケ
ウスイロミヤマハナゴケ

 地衣類は身の回りにごく普通に生育している生き物です。目で確認できる大きさなのに、これほど見過ごされている生き物も珍しいのではないかと思います。これまでも何度か博物館だよりで紹介しましたが、念のため地衣類についてもう一度解説しておきましょう。地衣類は一見すると単独の生き物のように見えますが、実は菌類と藻類が互いに助け合って生きている共生生物なのです。菌類は、藻類に安定した生育場所と水分を確保するかわりに、藻類が光合成によってつくったエネルギーをもらって共同生活を営んでいます。分類学では、生殖は菌類が行うので、特殊化した菌類として扱われます。地衣類は寒さや乾燥している厳しい環境に耐えて生活できる半面、大気汚染や都市化による環境変化にとても敏感です。人間には解らない環境の変化で簡単に枯れてしまい、数を減らしてしまいます。現在、国内では約1,600種の地衣類が確認されています。

 地衣類の研究をはじめてから、毎年のように希少種や新産地の発見が続いていますが、これには2つ理由があります。1つは丁寧に標本採集を行い、きちんと写真撮影と生育記録を付けているということ。県内の地衣類はまだ十分に調べられていないため、どのような種類がどのように生育しているかまだまだ解明されていません。何が、どこに、どのように分布しているかを明らかにしなければ絶滅危惧種の選定もできません。基本中の基本のようなことですが、こうしてデータを積み重ねることで地衣類の分布状況がおぼろげに浮かび上がり、新たな発見が生まれるのです。もう一つは希少種や新産地となる種類が生育していそうな場所の予想を立てて現地調査をするということです。闇雲に採集することは効率の悪い調査です。時間を見つけては図鑑や文献を読みあさり、地形図と地質図を眺めては、あれやこれやと思い を巡らせ、これまでの経験を最大限に活かし、調査すべき場所を決定します。お風呂に入っている間や寝付く布団の中、単純作業をしている時など、いつも頭の隅では調査の段取りを考えています。ところが、予想通りに新しい発見があるとは限りません。ほとんどが予想とは異なる調査結果です。しかし、予想外の結果も基礎的なデータとなり、また次回の調査への参考となります。

 今年、新産地として日本地衣学会で発表したウスイロミヤマハナゴケ Cladonia pseudoevansii Asah. もこうした地道な調査活動によって発見することのできた地衣類の一つです。地衣類研究を始めた当初から、きっと赤石山系のどこかにあるはずだと予想していました。このウスイロミヤマハナゴケは北海道から本州中部の高山帯に生育しているのですが、西日本からの産地は知られていませんでした。ウスニン酸という成分を含んでいるため全体が淡い黄緑色をしており、枝が等間隔に二叉に分岐を繰り返し丸い円柱状になる美しい地衣類です。この他にも、これまでに発見した、ツブミゴケ、キビノサラゴケ、ヤブレガサゴケ、イリタマゴゴケ等は見事に予想が的中した数少ない地衣類たちです。希少種や新産地の発見ばかりを追い求めている訳ではないのですが、基礎的な調査を積み重ねて標本を残すという博物館ならではの活動があったからこそこれまでの新発見がありました。地衣類は非常に成長の遅い生き物です。そして、些細な環境の変化でも枯れて姿を消してしまいます。他の高等植物や蘚苔類、菌類等の分野に比べ県内に残る過去のデータや標本がほとんど無いため、愛媛県の地衣類相を語るにはまだ至っていません。これからも調査を続け、地衣類相を明らかにすることが急務だと考えています。

ツブミゴケ
ツブミゴケ
キビノサラゴケ
キビノサラゴケ
ヤブレガサゴケ
ヤブレガサゴケ
イリタマゴゴケ
イリタマゴゴケ

企画展「地衣類の世界」
平成21年2月28日(土)〜5月10日(日)
 ■ 場所:愛媛県総合科学博物館 企画展示室
 ■ 入場無料
 この企画展では一般には馴染みの薄い地衣類がメインテーマの展示です。"地衣類とはどのような生き物なのか"から始まり、体の構造と構成要素となっている固有の化学成分、そして、多様な姿かたちとカラフルな色彩について、標本を用いて紹介します。

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